私には、冷凍庫の中に長い間冷やされた鉄のように冷たく、無機質な過去がありました。
大学時代の彼との記憶です。
DVという言葉すら軽々しく聞こえるくらい、重く冷たい過去だった。
私の体には、何十発もの蹴られ殴られた跡があり、それ以上に心に傷跡を残した思い出でした。
そこからかなりの年月が経ち、立ち寄ることのできなかったあの街にも足を踏み入れられるようになり、どんなことがあったかを人に話すこともできるし、その詳細を思い出しても受け止めることができるのに…
でも、その過去に温度はない。ヒンヤリとして、無味無臭。
直視しても動じないけど、体温のような温もりは感じなかったんです。
その思い出を今日、ひょんなことから思い出しました。
その彼は、とても歌の上手な人でした。Mr.Childrenの『名もなき詩』は、彼が大好きな歌の一つ。
その歌を今日、ふと歌っているときに、過去のいろんなことを思い出しました。
それまでは、私にとって、、彼という存在はDVを体験して苦しさを味わうために現れた人という認識だったのですが、
「本当はすごく素敵な魅力を持った人だった…」そして、「私はその彼の才能や魅力に惚れ込んでいたんだ…」
というその時の感情を思い出したんです。
そしたら突然、その大学4年間の思い出がカラフルに色づき、温かい温度を感じられたんです。
悲しくて辛い記憶が、温かい幸せな記憶に書き換わった瞬間でした。
彼はとても歌の上手な人でした。音楽をこよなく愛し、邦楽も洋楽も、ジャズもクラシックも、いろんなジャンルに精通していた。
純文学を愛し、いろんな素晴らしい文学を私に教えてくれました。そして、彼自身は、小説家志望でした。私が今、作家となれたのも、彼との出逢いがきっとその一端を担ってくれたのでしょう。
映画もたくさん見ていました。1日何本映画を見るんだろうというくらい、映画が大好きで、教養のある人でした。
思い返せば、身長184㎝。モデルのような容姿で、才能あふれる人でした。
でも、その才能を忘れてしまうほど、彼自身が深海のように深すぎる傷を追った人でした。
どうか、彼が今、幸せな毎日を過ごしていますように。
どうか、彼が笑顔で愛あふれる毎日を過ごしていますように。
そして、私と一緒に4年間の大切な思い出を築いてくれてありがとう。